2025.07.18

ルージュボヤージュ

「センスの良い馬ですね」
管理する国枝栄調教師がそう語ったのが、ルージュボヤージュだ。コントレイル産駒の2歳牝馬で、7月13日に福島競馬場で行われた芝1800メートルの新馬戦を、荻野極騎手とのコンビで快勝してみせた。
この馬を担当するのは、1969年12月生まれの熊谷博厩務員。神奈川県茅ケ崎市の出身で、大学を卒業後、一度はヤマハに就職して社会人としての道を歩んだ。しかし、競馬への情熱を捨て切れず、ある決意を胸に動き出した。直接、あるホースマンに手紙を書き、自らの思いをぶつけたのだ。
手紙の宛先は、当時まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していた伯楽、藤沢和雄調教師(引退)。
「その縁で藤沢先生に牧場を紹介していただき、就職しました」
そう語る熊谷厩務員は、その後、競馬学校の厩務員課程を経てトレセン入り。2013年には現在の国枝厩舎にやって来た。
ルージュボヤージュとの出合いは、入厩時の検疫厩舎だった。
「最初に見たときから、人懐っこくて可愛い馬でした。いかにも牝馬らしいな、と感じたのを覚えています」
その印象は、厩舎に移ってからも変わらなかった。
「馬房から顔を出して、みんなに可愛がってもらうような子でした」
ところが、馬場に出ると一変して見せた。動きが良かったのだ。
6月にはウッドチップコースで5ハロン66秒台を軽くマーク。そしてデビュー直前の最終追い切りでは65秒台。ラストは36秒8―23秒3―11秒1という鋭い上がりを披露した。
「良い動きをしていたので、新馬戦には少し期待していました」
そう感じていたのは、熊谷厩務員だけではなかった。ファンの支持も厚く、ルージュボヤージュは1番人気に推された。
「当日は、あえて人気を見ないようにしていました。馬自身は思ったよりも落ち着いていて、発汗も少なかったです。スタート前の輪乗りでも変わらずリラックスしていました」
スタートを見届けた熊谷厩務員は、下馬地点に向かうバスに乗り込んだ。最後の直線は、バスの中から後方で馬群を追う形で観ていた。
「4コーナーで先頭に立ったのは分かったけど、直線は後ろからの目線だったので位置関係がよく分かりませんでした。でも実況が耳に入ってきて、勝ったと分かった瞬間、嬉しさが込み上げました」
新馬戦を勝ったことで、この先どんな路線を歩むにせよ、臨戦過程がぐっと楽になる。そう思うと、なおさら嬉しく感じた。
「前の位置(2番手)で競馬をしていたけど、掛かる事なくスムーズに走れていたところにセンスを感じました」
それは普段の調教でも見られる姿であり、決して偶然ではないと、熊谷厩務員は確信していた。
レース中には、左トモの繋ぎの前面に軽い擦り傷を負ったが、大事には至らなかった。
「擦り傷程度なので、腫れることもありませんでした」
帰厩後もすぐに飼い葉をしっかりと食べており、レース後のコンディションは上々だったという。
「当日の馬体重は468キロでした。デビュー前に美浦で計測した時と大差なく、暑い時期なのに輸送で減らなかったのは、立派だと思いました」
熊谷厩務員がそう話せば、国枝調教師もまた、手応えを感じ、誉め言葉が並ぶ。
「コントレイル産駒で性格も良く、扱いやすいタイプです。しっかり結果も出してくれました。まだ体は増えてきそうですが、牝馬なので現状でも充分及第点をあげられます。軽くて脚捌きも良いので、距離も持ちそうです」
「順調なら阪神ジュベナイルフィリーズ(GⅠ)を目指したい」と話した国枝調教師の言葉どおり、ルージュボヤージュはレースから3日後の7月16日、ひとまずトレセンを退厩して放牧へと出された。
次なる一歩が、今から待ち遠しい。

(撮影・文=平松さとし)