2026.05.28

女性騎手初勝利

ご存じのとおり、5月24日に行われたオークス(GⅠ)を制したのはジュウリョクピエロ。その手綱を取っていたのは今村聖奈騎手だった。JRA史上初となる日本人女性騎手によるGⅠ制覇を、しかもクラシック競走という大舞台で成し遂げたのである。
 だが、この歴史的瞬間を私は見届けることができなかった。同じ日、香港ではチャンピオンズ&チャターカップ(香港GⅠ)が行われ、ロマンチックウォリアーが出走。日本からもディープモンスター、ローシャムパークが地元の雄に挑んだため、私はそちらの取材に赴いていたのだ。
 そんなわけで東京競馬場で歴史が動く瞬間には立ち会えなかった。しかし、世界各地の競馬を取材してきたおかげで、同じような歴史的場面に遭遇した経験は何度かある。
 なかでも忘れられないのが、2015年のメルボルンC(GⅠ)だ。06年には日本馬デルタブルースとポップロックがワンツーフィニッシュを決めたことでも知られるオーストラリア競馬最大の伝統の一戦である。
 レースが行われる11月第1火曜日は、舞台となるフレミントン競馬場を擁するヴィクトリア州で「メルボルンカップデー」という祝日になる。発走時刻の午後3時には全国民が観戦するといわれるため「国を止めるレース」とも称される一大イベントだ。
 その15年の勝ち馬がプリンスオブペンザンス。そして鞍上はミッシェル・ペイン騎手だった。155回目を迎えたメルボルンCで、彼女は史上初めて優勝した女性ジョッキーとなったのである。
 しかも、プリンスオブペンザンスは24頭立ての23番人気。まさに大波乱の立役者だった。
 もっとも、その馬はレース前から話題を集めていた。3日前に行われた枠順抽せん会で、担当厩務員が壇上に上がると「1番を引きます」と宣言。その直後、本当に「1番」の籤を引き当てたのである。彼は左拳を高々と突き上げ、「やったー!!」と歓声を上げた。
 その厩務員こそ、スティーヴ・ペインさん。11人きょうだいの末っ子であるミッシェル・ペイン騎手の2歳上の兄だった。
 そして彼が注目を集めたもう一つの理由は、ダウン症を抱えていたことだ。障害の有無に関係なく、厩務員として他のスタッフと同じように働き、競走馬を支えていたのである。
 南半球最大級のレースを史上初の女性ジョッキーが制し、その陰ではダウン症の兄がサポートしていた。そんなドラマが現実となったのだから、レース後のフレミントン競馬場がお祭り騒ぎになったのも当然だった。
 当時の私は思った。病や性別に対する偏見や差別をものともせず、自分たちの力で道を切り開いていく彼らの姿が、日本競馬界の当たり前になるまでには、いったい何年かかるのだろうか、と。
 あれから10年余り。その問いに対する答えの一つが、5月24日の東京競馬場にあった。
 日本人女性騎手による初のGⅠ制覇。
 少しずつかもしれないが、歴史は確実に動いたのである。  
(撮影・文=平松さとし)
※無料コンテンツにつきクラブには拘らない記事となっております。
(文中敬称略)