2025.06.11
スポニチアネックス
【宝塚記念】大人になったアーバンシック 武井師驚く劇的変化「デビューまで大変でした」
担当記者が出走馬の陣営に聞きたかった質問をぶつけて本音に迫る「G1追Q!探Q!」。今春のG1を締めくくる「第66回宝塚記念」(15日、阪神)では東京本社・梅崎晴光(62)がアーバンシックを管理する武井亮師(44)を直撃。「成長」「素質」「勝算」の3点を名言、ことわざを交えながら聞いた。

【成長】有事に強い者、それは不真面目な劣等生…。長嶋茂雄さんをひまわりに、自身を月見草に例えた名将・野村克也さんの名言は馬にも当てはまる。背中に人が乗るたびに立ち上がって振り落とそうとしたステイゴールドと、そんな父に輪をかけてヤンチャだったゴールドシップ、オルフェーヴル。隙あらば悪さをしようとする不真面目な劣等生たちが、ここ一番で無類の強さを発揮した。令和にもそんな競走馬がいる。
「アーバンシックは勝負どころで内にモタれてしまいましたが、2歳時に比べればマシです。年が明けてやっと競走馬らしくなってきた」。武井師が胸をなで下ろしたのは昨年の京成杯(2着)直後。2歳新馬戦(1着)では暴れて返し馬さえできなかった。「デビューまでが大変でした。調教では全然進んで行かない。乗り手の扶助が通じない。立ち止まったり、立ち上がったり…。馴致(じゅんち)がしっかりしたノーザンファームで育ったのに、こんな状態ということは決定的に何かが足りなかった」。鞍上の指示通りに動かないのは気性が悪いせいではなく、気性が幼いからだった。「まるで赤ちゃん。自立できないのが一番の問題でした。1頭では何もできない。併せ馬でも前に馬がいないと全く走らない。先頭に立つこともできなかった」。デビュー2連勝を飾った百日草特別も道中スムーズに追走できなかった。レースを覚えて追走できるようになると、皐月賞(4着)、ダービー(11着)のように折り合いが難しくなった。
劇的な変化を遂げたのは3歳夏。ノーザンファーム天栄での放牧を経て帰厩した時には幼児から少年を通り越して、自立心が芽生えた青年に成長していた。「調教や馬具を工夫したが、結局は彼自身の成長力でしょう。春は精神年齢が1歳下でしたが、夏を境に実年齢に近づきました」
菊花賞の発走直前。武井師は思わず驚きの声を上げた。先頭に立てなかったアーバンシックがライバルを誘導するように一番前に立って発馬機まで歩いて来た。劣等生が菊の大輪を咲かせたのだった。
【素質】栴檀(せんだん)は双葉より芳しという。乗り手をてこずらせる劣等生だったとはいえ、アーバンシックの心肺機能は武井師も驚かせてきた。「2歳の入厩時から速い時計を出しても息が上がらない。これは新馬勝てるわと。自立心がなかったので自ら動かず、ただ前の馬についていっただけでしたけど」と笑う。フットワークも独特だ。「バランスの良い走り方も際立っていました。上体を起こして走れる。凄い迫力です」。昨年のセントライト記念で初めてコンビを組んだルメールも「雄大なフットワーク」を長所に挙げる。菊花賞ではヘデントール、アドマイヤテラ、有馬記念ではレガレイラ、スターズオンアースなどの騎乗馬もいたが、迷った末にアーバンシックを選択した。「昨年の勝利(JRA176勝)の中で一番うれしかったのは菊花賞です」とルメール。よほど素質を買っているのだろう。
【勝算】名手、名馬を知るという。「アーバンシックはかなり難しい馬ですが、クリストフ(ルメール)は最初から“乗りやすい馬だ”と言ってくれました。馬の意識を人に集中させられる、日本で一番うまい騎手。彼が乗った馬は返し馬から凄くいい走りになる」と武井師は言う。そんな名手の言葉が陣営の自信にもなっている。有馬記念(6着)の直後、ルメールは「来年のG1は勝てますよ」と武井師に伝えた。「スタートで遅れるのがこの馬の走り方。超スローペースに泣かされましたが、古馬になれば…」が名手の見立てだ。前走日経賞(3着)の直後には「次はいいですよ」と同師に告げた。「休み明けでトップコンディションではなかったし、ずっと外を回ってきた。今回の方が状態は明らかにいいですよ」(同師)。
現4歳世代は強い。菊花賞2着のヘデントールは今春の天皇賞制覇。3着のアドマイヤテラはその後2連勝で目黒記念を制した。「菊花賞上位馬でその後、勝っていないのはうちの馬だけなんですよね」と苦笑いを浮かべる同師だが、勝算はある。
◇武井 亮(たけい・りょう)1980年(昭55)12月25日生まれ、山梨県出身の44歳。北大獣医学部卒後、ノーザンファームを経て07年JRA競馬学校厩務員課程に入学。08年美浦トレセン入り、二ノ宮敬宇、高木登、和田正道厩舎で厩務員、調教助手を務め、14年調教師免許取得、開業。23年東京スポーツ杯2歳S(シュトラウス)でJRA重賞初制覇。JRA通算2944戦245勝(重賞3勝)。
【取材後記】武井厩舎の玄関脇に据えられた本棚には競馬本とともにビジネス書のベストセラー「ビジョナリー・カンパニー」全5巻が並んでいる。「このシリーズは良著でしたよ。効率性を追求して一律にベルトコンベヤーに乗せていくような時代はとっくに終わっていると説いています。今は人も馬も個性、特性に合わせた能力を発揮させる時代です」と武井師。アーバンシックにも特性にこだわった調教を課してきた。2歳時は「全然進んで行こうとしないので前に馬を置いて、追いかけさせる調教。少しでも前へ行こうという気持ちにさせなければならなかった」。3歳になって行き脚がつくようになると、自立心を養うため先頭を進ませる調教へ。「牧場とも問題意識を共有して放牧中も繰り返してもらいました」。ビジネス書を馬づくりの参考書にする新進トレーナーである。(梅崎 晴光)