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2026.02.18

スポニチアネックス

【フェブラリーS】引退までラスト2週 国枝師、シックスペンスで最後のG1挑戦 塞翁が馬の37年

 3冠牝馬アパパネ、アーモンドアイなどで現役最多のJRA通算1121勝、G1・22勝(17日現在)を挙げた国枝栄調教師(70)が3月3日付で定年を迎える。現役最後のG1となる「第43回フェブラリーS」(22日、東京)にはシックスペンスを出走予定。師の座右の銘「塞翁(さいおう)が馬」をもじった連載「栄翁が馬」で37年間の調教師生活を振り返る。

シックスペンスでフェブラリーSに挑む国枝師(撮影・郡司 修)

 美浦トレセンの事務所前には国枝栄師のJRA通算1000勝を記念した石碑が建っている。碑文は師の座右の銘「人間万事塞翁が馬」をもじった「人間万事塞翁が競馬」。昔、中国北端の塞(とりで)に住む翁(おきな=老人)の馬が隣国に逃げ出したが、しばらくすると駿馬を連れて塞に戻ってきた。翁の息子がその駿馬から落ちて足を骨折したが、そのケガのおかげで兵役を免れ、戦死せずに済んだという。不運な出来事が幸運につながる。人生の禍福は予測しがたいとの故事である。

 「俺の競馬人生も万事、塞翁が馬だったよ」。引退までラスト2週となった厩舎全休日明けの17日、国枝栄翁は厩舎のトレードマークともいうべき白いシャドーロール着用で馬場入りする一団に双眼鏡を向けながら口火を切った。その集団の中には栄翁最後のG1出走馬となるシックスペンス。「最初のG1(99年スプリンターズS)を勝たせてくれたブラックホークとの出合いも塞翁が馬だったな」と、31年前の記憶の糸を手繰り寄せた。

 開業6年目の95年、米国のキーンランドセールで購入予定だった馬が骨のトラブルを起こして急きょ欠場になった。「購入馬がいないのならお願いできますか?」。セール当日の夜、吉田勝己氏(現ノーザンファーム代表)と金子真人オーナーから競り落としたばかりの1歳牡馬の預託を引き受けた。それがブラックホークだった。「開業後なかなか重賞を勝てなかったが、苦節9年目で初タイトル(98年ダービー卿CT)をもたらしてくれた。セールで購入予定だった馬が欠場する不運が幸運につながった」。この勝利からせきを切ったようにタイトルを量産し、現在JRA重賞70勝(うちG122勝)。伯楽と呼ばれる実績を残した栄翁は「そもそもトレセンに入ったのも、塞翁が馬みたいな巡り合わせだった」と続けた。

 岐阜県立本巣高時代、ヒカルイマイが優勝した71年ダービーをテレビ観戦して、競馬にのめり込んだ。東京農工大獣医学科に進み馬術部の活動に熱中しているうちに卒業が近づいた。「就職口が決まっていないし、岐阜の実家(鍼灸=しんきゅう=院)に戻る気もない。さあ、どうするという時に、美浦トレセンがタイミング良く開場して、山崎彰義厩舎が大卒のスタッフを探していた」。山崎厩舎の調教助手として採用されると、“塞翁が馬”に再び巡り合う。

 JRAの欧州競馬視察ツアーに応募したところ落選。だが、落選したことでツアーの直後に募集された英国厩舎研修(ドバイ奨学制度)のメンバーに選ばれる。「3カ月の英国滞在だったが、その時の経験が私の調教のベースになっている。英国研修に行かなければその後の私はなかった」。研修先ではシャドーロールを着けたイアン・ボールディング厩舎の集団調教を目撃した。「装着する理由を調教師に聞いたら、目立つからだって(笑い)。でも、効果はあった。だから、私もこうして最後まで着けている」。栄翁の双眼鏡は白いシャドーロールのシックスペンスに向けられていた。(梅崎 晴光)

 ◇国枝 栄(くにえだ・さかえ)1955年(昭30)4月14日生まれ、岐阜県北方町出身の70歳。東京農工大卒。78年、美浦・山崎彰義厩舎の調教助手に。89年、調教師免許取得、90年開業。99年スプリンターズS(ブラックホーク)でG1初勝利。07年にマツリダゴッホで有馬記念制覇。10年アパパネ、18年アーモンドアイで牝馬3冠達成。JRA通算9508戦1121勝(17日現在)。