2026.04.10
スポニチアネックス
【桜花賞】99年スティンガー 時代に先んじた藤沢和師の“信念”
今週末、3歳牝馬クラシックの第1弾、桜花賞(G1)が行われる。昨年の2歳女王スターアニス(高野)が出走予定だ。阪神JF(G1)を制して以来、休み明けで桜の女王の座を狙う。
近年はトレセンだけでなく放牧先の施設の充実や調教技術の向上も著しく、かつては懐疑的に見られがちだった「休み明け」も、大きな不安材料とは捉えられなくなった。
しかし、今から四半世紀以上前の1999年は事情が異なった。この年、休み明けで桜花賞に臨んだのがスティンガー。管理したのは当時、飛ぶ鳥を落とす勢いを誇った伯楽・藤沢和雄調教師、手綱を取ったのは名手・岡部幸雄騎手。まさにリーディングトップ同士の黄金タッグだった。
スティンガーはここまで3戦3勝。前年の阪神3歳牝馬S(現阪神JF)を制し、桜花賞はそれ以来の実戦。この臨戦過程について、藤沢和師はこう語った。
「デビューからわずか1カ月足らずで3戦を消化し、関西遠征も含めて全て勝ってくれました。桜花賞前に叩こうとすれば、使い詰めで休ませられません。だから間隔を取って本番に臨むことにしたのです」
だが、この決断は当時としては時代を先取りし過ぎていた。本番で12着に敗れると、世論は一斉にこの臨戦過程を批判した。
「結果にかかわらず、同じ状況なら今後も休み明けで使うでしょうね」
そう語る藤沢和師に、筆者はこう声をかけた。
「いずれ休み明けで勝って、今の批判を見返してやりましょう!」
すると師は、静かにこう返した。
「意地で休み明けを選ぶわけではありません。馬にとって何が最善か、それを考えて決めるだけです」
その一言に、ただ感服させられたのを覚えている。
休み明けで挑み、そして勝つことが当たり前となった現在。あの時の決断は、時代に先んじた“信念”だったのだろう。時代で競馬は変わる。だが、馬と向き合う本質だけは、今も昔も変わらないのだ。 (フリーライター)