2026.06.04

スポニチアネックス

ホースマン人生「第二章」 西谷調教助手「馬が好き…頑張っていきたい」

 日々トレセンや競馬場など現場で取材を続ける記者がテーマを考え、自由に書く東西リレーコラム「書く書くしかじか」。今週は栗東取材班の坂田高浩(41)が担当する。4月30日付で騎手を引退し、四位厩舎のスタッフに加わった西谷誠調教助手(49)を取材。JRA障害通算200勝を飾った騎手生活32年目での引退のタイミング、現在の心境などを聞いた。

騎手として障害通算200勝を挙げた西谷誠助手(左)

 騎手を引退し、四位厩舎の調教助手になってから1カ月がたった。厩舎服がすっかりなじんだ印象でも体形は現役騎手さながらスラッとしている。「減量に苦労していたから太るかなと思っていたけど、変わらんね。みんなに言われる。この前、ラーメン大盛りを頼んで残しちゃった。胃袋が小さくなっていて食べられへん」と苦笑いだった。

 30年以上にわたる騎手生活は減量との闘いでもあった。95年3月にデビューするも体重維持が難しく、11年3月に平地免許を返上。史上初の3年連続JRA賞最多勝利障害騎手受賞など数々の功績を残しつつも、49歳まで続けられるとは想像もつかなかったという。「(同期で)一番最初に辞めると思っていた。デビューしてから身長が7センチほど伸びて、178センチくらいになって体重も増えていたしね。一番最後になるとは思わなかった」としみじみ振り返る。絶食や水抜き、サウナに出入りして負荷をかけながら追い込んでいく。「勝てないとしんどいよね」と心が折れる瞬間を乗り越えながら続けてきた。「ケガも多かったしね。減量していて骨が弱かった。一回骨折してしまうと、すぐポキポキいくタイプだった。人よりも骨折が凄く多かった」と筆舌に尽くし難いほどの痛みと向き合ってきた。

 だからこそ引退のタイミングを自然と受け入れた。「だいぶ前に年内に辞めようかなと思っていて。J・G1で最後にしようと思ったんだけどね」という。中山グランドジャンプで騎乗予定だったレッドファーロが調教時、歩様に違和感が生じて回避。「その後の様子を見ても出なくて良かったと思う。仕方ないし自分でも頑張ったと思う。未練はないよ」とうなずいた。「減量とケガさえなければ永久に続けていたいくらい。それくらい騎手はいい仕事。障害は平地であまり活躍できなかった馬が結果を出していた馬に勝つこともある。個性的な馬が多かったのも楽しかったな」とやり切った表情だった。

 騎手時代も騎乗馬の稽古を週中からつけ、生活リズムはさほど変わらない。「今は(厩舎作業で)昼もトレセンに来る。だから違いは平日にゴルフに行けなくなったことくらいかな」と笑う。「厩舎は若い子が多くて元気もある。チームとしてG1を獲りたいっていう雰囲気がある。(今年10月で)50歳のおじいちゃんだから甘やかされてしまっているけど、馬が好きだし、自分もこの中で頑張っていきたい」と充実ぶりを伝えた。日々の仕事にやりがいを感じながら、第二のホースマン人生を歩んでいる。

 ◇西谷 誠(にしたに・まこと)1976年(昭51)10月15日生まれ、滋賀県出身の49歳。競馬学校騎手課程11期生の同期に金折知則、野元昭嘉(ともに現・調教助手)ら。95年3月に栗東・瀬戸口厩舎所属でデビューし、JRA通算1959戦226勝(うち障害は1511戦200勝)。重賞は全て障害で22勝、うちJ・G1はゴッドスピードで99年中山大障害、マルカラスカルで06年中山大障害&08年中山グランドジャンプ、キングジョイで09年中山大障害と4勝。父・達男氏は元騎手、長男・凜氏も元騎手で現在は調教助手。