2026.02.27
スポニチアネックス
国枝栄師 大きな財産“生涯の盟友”藤沢和雄氏との出会い「目標が身近にいたから走り切れた」
【さらば伯楽 国枝栄師 栄翁が馬】3月3日付で定年を迎える国枝栄調教師(70)の業績を振り返る連載「栄翁が馬」。最終回は「ライバルとの出会い」に焦点を当てた。22年に引退した藤沢和雄元調教師(74)との出会いがホースマン人生の大きな財産になった。
出会いは人生の財産という。ライバルは人生の伴走者ともいう。生涯の盟友であり、目標でもあった先輩の調教師が引退した4年前、国枝師はこんな手記を本紙へ寄せた。「藤沢和雄先生のニックネームは“藤さん”ですが、私は“富士山”のつもりで呼んでいます。本人に言えば調子に乗るから黙っていましたが、フジさんとの出会いは私の財産です」
藤沢氏とは美浦トレセンが開場した78年以来の付き合い。3カ月遅れで調教助手になると、競馬への情熱を火傷(やけど)するほどぶつけ合ってきた。夕方の厩舎作業を終えれば、膝をつき合わせて調教談議。調教師試験が近づくと、ねじり鉢巻きで机を並べた。厩舎に血縁も系列もない者同士。仲間が支えだった。
トレセン入り前に英国の厩舎で4年間修業を積んだ藤沢氏から得たものは多い。「英国のホースファーストを貫く姿勢、調教法から馬のしつけ方…。私の調教の原点になった」と振り返るが、藤沢流の調教を模倣するのではなく国枝流にアレンジして結果につなげた。伯楽と呼ばれるゆえんである。「国枝の柔軟さにはかなわない。駄目だと思ったら、自分の手法には固執せずさっさと切り替える。“これは俺のやり方とは違う”と言っていたのに、翌日には“これはいいな!フジさん”だもんな」と藤沢氏。「何に対しても勉強家。それじゃなきゃこんなに勝てないよ。厩舎関係者の子息が多いなか、外部から来て実績を上げたのは国枝の努力。これからの調教師は見習うべきだ」と続けた。
11日、美浦トレセンにファンを集めて催された国枝師と藤沢和雄氏のトークショー。「国枝先生は調教助手時代から優秀だったので調教師試験の勉強を教わりに行ったんです。ところが、要領のいい彼はこう言った。“そんなものはお経みたいに丸暗記すればいいんだよ”」。藤沢氏の思い出話に会場は爆笑。「いや、フジさんの勉強に付き合わされたせいで私は調教師試験を合格するのに3年もかかってしまった。あの時の貸しはターフ(競馬場)で返してもらえなかったからグリーン(ゴルフ場)で返してもらわないとね」と国枝師が返すと、再び爆笑が起きた。
出会いはホースマン人生の財産。ライバルはホースマン人生の伴走者ともいう。「人生の節目で運にも人にも恵まれたし、目標が身近にいたから走り切れたと思う。競走馬も併せ馬をすれば走るからね」。藤沢和雄氏に続く関東歴代2位のJRA・G1・22勝を挙げて、37年間の調教師生活を終える。
◇国枝 栄(くにえだ・さかえ)1955年(昭30)4月14日生まれ、岐阜県北方町出身の70歳。東京農工大卒。78年、美浦・山崎彰義厩舎の調教助手に。89年、調教師免許取得、90年開業。99年スプリンターズS(ブラックホーク)でG1初勝利。07年にマツリダゴッホで有馬記念制覇。10年アパパネ、18年アーモンドアイで牝馬3冠達成。