2026.09.15
スポニチアネックス
【追憶の柴田善臣 G1・4勝目】98年天皇賞・秋オフサイドトラップ 初コンビV「完璧な走りだった」
JRA騎手の柴田善臣(60)が15日、現役引退を表明した。デビュー42年目でJRA・G1勝利は9回。当時の“ヒーロー原稿”をもとに振り返る。G1・4勝目は98年の天皇賞・秋。オフサイドトラップとのコンビだった。レース翌日のフロント面に掲載されたのはこの馬ではなく、サイレンススズカ。4角手前で故障、左手根骨粉砕骨折と診断されて、安楽死処分となった。(馬齢は現在の表記)
1着 オフサイドトラップ 牡7 58柴田善
2着 ステイゴールド 牡4 58蛯 名
3着 サンライズフラッグ 牡4 58安田康
ゴールに飛び込むオフサイドトラップの姿はとても7歳馬とは思えないパワーに満ちあふれていた。この日が初コンビだった柴田善が「スタートから道中、そして最後の詰め。完璧な走りだった」と絶賛するG1初Vの走りだった。
「2度あることは、と思っていたが、まさか…」。表彰式の後、顔を紅潮させた加藤(修甫)師がつぶやく。同師はアイネスフウジン(90年)でダービーを勝っているが、天皇賞は2着が2度。アサヒエンペラー(87年春)とカリブソング(91年秋)、そのどちらもが失格、降着での繰り上がりだった。
アクシデントは起きた。大本命馬サイレンススズカが競走中止しての優勝。しかし、加藤(修甫)師は「これが勝負。本当は2着かもしれないが、そこまで走った馬をたたえてほしい。根気よく世話したスタッフをほめてやってほしい」と胸を張った。
オフサイドトラップは98年9月27日に急死したナリタブライアンと同期。3歳春、ダービーで8着した後に屈腱炎を発症し、それからは両前脚を交互に襲う病との闘い。椎名厩務員と大崎助手が普通の馬の3倍も4倍も手間をかけて世話をする日々が4年も続いた。その末につかんだタイトルだった。